「メモ」の雑記


 上手な字、とはとても言えないのだが、私は自分の字が好きである。見慣れた自分の筆跡を目にするのも好きだが、書く行為それ自体もどうやら性に合っているようだ。
 くどいようだが上手ではない。下手…というより、雑、なのである。上司や同僚に電話の取り次ぎメモを渡した時に「この文字は何て書いてあるの」と聞かれた前歴がある。つまり、文字の綺麗さより書く早さを重視してしまったために起こったミスだった。
 電話を取り、相手が名乗ったらその会社名と名前をメモの真ん中より少し上に書く。用件を文章にするより、単語をラレツした方が早く書けるのでその下に次々並べていく。品番・発注宦E納期・単価・届け先・念の為、相手の電話番号を聞いて。助詞や動詞は電話が終わった後で、単語間をうめていくように書き込む。最後の最後に、メモの一番上の部分に「○○課長様」など、今の電話の宛て先氏名を書く。そして一番下に「○月○日○時○分 名前(カタカナの方が速く書ける)」と署名して、終わりである。
 という訳で私には、宛て名の欄や内容を書き込むスペースが始めから印刷されている、取次ぎ用のメモは不必要である。白いメモ用紙の方が後から訂正がきくし、重要語句を丸で囲んで強調したり、矢印を引っ張って関係を分かりやすくしたりできるのだ。といってもあまり上位の、専務・部長クラスの方々宛のメモは、さすがに清書してから渡していたが(結局弱気)。
 自転車も長く乗っていない期間があると下手になるし、絵でも描いていないと次第に感覚が狂ってくる。その逆も然りで、文字も書き慣れると上手くなっていく(勘違いかもしれないが)。必要に迫られて、社会人になって文章を書いているうち、そう実感した。なぜ学生時代より書く量が多いのか、勉強していなかったと思われる方もあるだろう。書き方のジャンル(?)が根本的に違うのだ。少なくとも私にとっては。「他人にとって」見やすいレイアウトで、素早く、手短に分かりやすく書く、というのは意外に難しいのだ。そして報告書の類いでなければ保存されるわけでもない。大体、学生時代のレポートや卒論はワープロ。最後の年は「書く」より「打つ」だった。
 気に入った字で書かれている文章を眺めるのも好きで、今までで一番気に入ったのは、同じ課だったHさんという人の文字。少し雑なのがまた良かった。彼の手になるメモが今日も無造作に捨てられているかと思うと、少し悲しいのである。